
法人保険に加入する目的は、まず経営者に万一のことがあった場合に、事業経営に及ぶリスクに備えることです。
さらに、解約返戻金が見込める契約では、資金繰りの選択肢として、解約時の返戻金を活用する設計も検討できます。
このとき、支払った保険料に対して戻ってくる解約返戻金の割合である返戻率は、法人保険を比較する一つの目安です。そして、返戻率には「単純返戻率」と「実質返戻率」の2つがあり、それぞれ考え方が異なります。
この記事では、実質返戻率を税引後の資金効率(資金の残り方)として読み解くポイントと、判断を誤らないための注意点を解説します。
法人保険の実質返戻率とは
法人保険の設計書では「実質返戻率」という記載を目にします。実質返戻率は、単なる帳簿上の数字ではなく、税引後の資金効率を確認するための指標です。
法人保険では、契約内容に応じて支払保険料を損金算入できる場合があります。損金算入できると、当期の課税所得が減り、税負担のタイミングに影響する場合があります(課税の繰延)。
実質返戻率は、この「当期の税負担の変化」を便宜上反映し、税引後の実質負担に対して、解約返戻金をどれだけ回収できるかを示します。
なお、ここで扱う税効果は「永久に得をする金額」を意味しません。解約返戻金を受け取ると益金計上となり、課税が発生する局面があります。入口だけで判断せず、出口まで含めて確認しましょう。
単純返戻率と実質返戻率の違い
通常「返戻率」という場合は、支払った保険料総額に対して、解約時に戻る解約返戻金の割合を指します。この記事ではこれを単純返戻率と呼びます。
一方の実質返戻率は、保険料を損金算入できた場合の「当期の税負担の変化」を踏まえて、実質負担を置き直したうえで計算します。
そのため、同じ返戻金でも、前提に置く税率や損金算入の割合によって数値が変わります。
単純返戻率の計算
単純返戻率は、次の式で計算します。
単純返戻率(%)=(解約返戻金額)/(支払保険料総額)× 100
たとえば、支払保険料総額が1,000万円で、解約返戻金が800万円なら、単純返戻率は次のとおりです。
単純返戻率 = 800(万円)/1,000(万円)× 100 = 80%
実質返戻率の計算
実質返戻率では、解約返戻金額は単純返戻率と同じですが、分母に置く「実質負担」を作ります。
手順1:実質負担を計算する
まず、税効果を便宜上反映した実質支払保険料総額を計算します。
実質支払保険料総額=(実際の支払保険料総額)−(当期の税負担の変化額)
当期の税負担の変化額は、概算として「損金算入できた保険料×前提税率」で見積もります。
ここで使う前提税率は、法人税率そのものではなく、地方税等を含めた法定実効税率(実効税率)がベースになります。
手順2:実質返戻率を計算する
実質支払保険料総額を用いて、実質返戻率を計算します。
実質返戻率(%)=(解約返戻金額)/(実質支払保険料総額)× 100
ここでは、計算を分かりやすくするために、実行税率を30%、損金算入できる保険料を全額(1,000万円)と仮定します。
当期の税負担の変化額 = 1,000(万円)× 30% = 300(万円)
このとき、実質支払保険料総額は 1,000 − 300 = 700万円です。実質返戻率は次のとおりです。
実質返戻率 = 800(万円)/ 700(万円)× 100 ≒ 114.3(%)
このように、単純返戻率が100%未満でも、実質返戻率が100%を上回ることがあります。
実質返戻率による3つのメリット
出口まで含めて「資金の残り方」を確認できる
保険は入口(損金算入)だけでなく、出口(解約返戻金の受取り)まで含めて判断します。
実質返戻率を使うと、税引後の実質負担と返戻金の関係が見えやすくなり、出口でどの支出と組み合わせるか(退職金の支払いなど)を考えやすくなります。
内部留保や他の選択肢と比較しやすい
現金をそのまま積み立てる場合、税引後利益が残ります。
一方で、損金算入できる保険料がある契約では、当期の税負担のタイミングに影響するため、資金の残り方が変わります。
実質返戻率は、法人保険とそれ以外の税金対策について、それぞれの税引後利益を同じ尺度で見比べるための材料になります。
解約時期の判断材料になる
実質返戻率は、解約返戻金の推移(ピーク時期)を確認したうえで、その時点での税引後の資金の残り方を見積もる材料になります。
実質返戻率は、損金算入による当期の税負担の変化も踏まえて、税引後の実質負担に対して返戻金をどう回収できるかを見ます。単純返戻率だけでは分かりにくい、税務面も含めた資金効率の比較に役立ちます。
実質返戻率を見る時に知っておくべき注意点
実質返戻率は便利な指標ですが、間違った解釈で参考にすると、経営判断を誤る可能性があります。ここでは、設計書の実質返戻率を読む際に押さえたいポイントをまとめます。
実効税率は「固定値」ではない
実質返戻率は、前提に置く税率で数値が動きます。
税率は、会社規模、所得水準、所在地などで変わります。設計書の実効税率が自社の状況と合っていない場合、当期の税負担の変化額が過大・過小に見えることがあります。
- 【実効税率20%の場合】
実質返戻率 = 800万円 /(1000万円 − 1000万円 × 20%)× 100 = 100% - 【実効税率30%の場合】
実質返戻率 = 800万円 /(1000万円 − 1000万円 × 30%)× 100 ≒ 114.3%
同じ契約でも実効税率が変わると、実質返戻率の見え方が変わります。設計書を受け取ったら、実効税率の設定を必ず確認しましょう。
利益水準によって税効果が想定どおりにならない場合がある
設計書の実質返戻率は、損金算入できる保険料を前提どおり計上できる想定で計算されることがあります。
一方で、課税所得が保険料を下回る年度では、損金算入しても当期の税負担の変化が小さくなり、設計書の前提どおりに数値が出ないことがあります。
法人保険を検討する際は、利益の見込みと保険料の水準をセットで考え、年度によるブレも織り込んでおきましょう。
損金算入割合と資産計上の扱いを確認する
法人保険は、契約タイプによって損金算入できる割合が変わります。
全額を損金算入できる契約もあれば、1/2など一部のみ損金算入となる契約もあります。
損金算入できない部分は資産計上となり、当期の税負担の変化に直結しません。
設計書の実質返戻率が、損金算入できない部分(資産計上部分)をどのように反映しているかも確認しておきましょう。
実質返戻率は「利益」ではない
実質返戻率が100%を超えている設計書を見ると、「支払った保険料以上にお金が増えて、さらに節税もできるお得な商品だ」と感じるかもしれません。しかし、ここに最大の落とし穴があります。
実質返戻率はあくまで「支払時の税負担が減ること」を考慮した指標であり、「解約時にかかる税金」は計算に含まれていないケースがほとんどだからです。
「課税の繰延」という仕組みを理解する
法人保険による節税の多くは、税金を消し去るものではなく、支払うタイミングを後ろに倒す「課税の繰延(くりのべ)」に過ぎません。
- 加入時(入口):
保険料を損金に算入することで、本来払うべき法人税を減らせる。 - 解約時(出口):
戻ってきた解約返戻金は「雑収入」となり、その時の利益に対して再び法人税が課税される。
もし解約時に何の対策もしていなければ、戻ってきた返戻金の約3割(実効税率分)は再び税金として流出してしまいます。この場合、設計書に記載された「実質返戻率」通りの手残りは実現しません。
実質返戻率を「利益」に変える条件
実質返戻率の数字を、真の意味での「会社の利益(手残りの増加)」に一致させるためには、解約時の「出口戦略」が不可欠です。
実質返戻率を活かすためのポイント 解約返戻金を受け取るタイミングで、同額程度の「大きな損金(経費)」を発生させる必要があります。
- 役員退職金の支払い
- 大規模な修繕や設備投資
- 新規事業への投資(赤字が見込まれる期間)
このように、解約返戻金(益金)と大きな費用(損金)を相殺させることで初めて、入口で得た税務メリットが確定し、実質返戻率が高いことの恩恵を最大限に受けることができます。
「実質返戻率が高いから入る」のではなく、「将来の〇〇(退職金など)の支出タイミングに、高い実質返戻率で合わせられるから入る」という視点が、失敗しない法人保険選びの肝となります。
実質返戻率を比較に使うときのチェック項目
実質返戻率を比較軸として使う場合は、次の項目を同じ条件で揃えましょう。
- 実効税率(設計書の設定が自社に近いか)
- 損金算入割合(全額・1/2など)と資産計上の有無
- 解約返戻金の推移(ピーク時期とその後の低下)
- 解約時の取扱い(益金計上)と、相殺できる支出の有無(退職金など)
- 利益水準の見込み(保険料を損金算入できる利益があるか)
税務区分や出口まで含めた設計が重要
実質返戻率は、法人保険の比較に使える指標ですが、前提条件がそろっていないと数字だけが独り歩きします。
税引後の資金効率として読み解くために、設計書の実効税率と損金算入割合、そして出口の使い道をセットで確認しましょう。
まとめ
法人保険を比較する際、実質返戻率は税引後の資金効率を確認するための指標になります。
ただし、実質返戻率は実効税率や損金算入割合、利益水準、出口での益金計上などの条件で数値が変わります。
設計書に記載された数値をそのまま鵜呑みにせず、前提条件を揃えたうえで、自社の資金計画と出口戦略に合うかを確認しましょう。
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