
経営者や役員に万一のことがあった場合、遺族への死亡退職金・弔慰金の支給に加え、事業継続に必要な資金の確保が急務となります。
しかし、死亡退職金は発生時期を事前に予測できないため、勇退退職金のように計画的に準備する方法だけでは十分とはいえません。
こうした背景から、死亡保障によって早期に原資を確保できる法人保険が、死亡退職金の準備手段として注目されています。
本記事では、死亡退職金と勇退退職金の性質の違いを整理したうえで、活用しやすい法人保険の種類、経理処理の流れなどを解説します。
経営の承継や遺族の生活保障を見据えた資金準備にお役立てください。
死亡退職金とは?
死亡退職金とは、経営者や役員、従業員等が亡くなった場合に、遺族へ支給される退職手当金等のことです。功労に報いる意味合いに加え、残された遺族の生活保障としての性格をあわせ持っています。
役員の場合は株主総会の決議にもとづいて、従業員の場合は就業規則に定めがあれば支給します。
特に役員の死亡退職金は高額になることもあるため、急な支出で事業に影響が出ないよう、計画的に準備することが大切です。
勇退退職金(生存退職金)との違い
死亡退職金と勇退退職金は、どちらも役員退職金という点では共通しますが、支給の性質や求められる資金準備の方法は大きく異なります。
主な違いは下記表のとおりです。
| 比較項目 | 死亡退職金 | 勇退退職金(生存退職金) |
|---|---|---|
| 支給対象者 | 遺族 | 本人 |
| 支給タイミング | 本人の死亡時 | 本人の退職・退任時 |
| 時期の予測可能性 | 予測できない | ある程度計画できる |
死亡退職金の最大の特徴は、支給のタイミングが「死亡時」であり、いつ発生するか事前に予測できない点です。
勇退退職金であれば、役員の退任時期をある程度計画できるため、資金準備のスケジュールを立てやすいでしょう。一方、死亡退職金はある日唐突に、多額の資金が必要になります。
つまり、死亡退職金を準備するには「いつ発生しても即座に原資を用意できる仕組み」が不可欠であり、この点が勇退退職金とは根本的に異なるといえます。
法人保険で死亡退職金を準備するメリット
前章で整理したとおり、死亡退職金は支給の時期を事前に読むことができません。
だからこそ、死亡保障を軸に原資を確保できる法人保険の活用が有力な選択肢になります。
法人保険が死亡退職金の準備に向いている具体的な理由を、3つの観点から整理します。
死亡保険金を原資にすれば急な支給にも対応しやすい
法人保険は、死亡退職金の「いつ必要になるかわからない」という問題点をカバーできる点が特徴です。
たとえば、内部留保だけで死亡退職金を賄おうとすると、資金が十分に積み上がっていない段階で支給を迫られる場合があります。
一方、法人向けの生命保険に加入しておけば、保険料の払込総額が少ない時期でも死亡保険金が支払われるため、早期に十分な財源を確保しやすくなります。
弔慰金や事業資金も同時に確保できる
法人保険は、死亡保険金が一度「会社の口座」に入るため、法人の状況に合わせて配分しやすいという特徴があります。
たとえば、遺族に死亡退職金や弔慰金を支払ったあと、残った資金を会社の運転資金や借入金返済へ回すなど、使途に色をつけず柔軟に活用できます(就業規則や株主総会等の決議など事前準備は必要)。
法人保険以外の選択肢として共済制度(中退共や小規模企業共済など)もありますが、共済は資金が遺族へ直接振り込まれるため、会社主導の調整はできません。
遺族の生活保障と会社の事業保障を一体的に準備し、状況に応じて臨機応変に充当できる自由度の高さは、法人保険ならではの優位性といえます。
勇退退職金も同時に準備できる
解約返戻金や満期保険金がある法人保険に加入した場合、勇退退職金も同時に準備できます。
解約返戻金とは、保険を解約したとき、保険会社から払い戻される金銭のことです。保険の種類やプラン設計、解約時期によって異なりますが、解約までに払い込んだ保険料のうち一定割合が支払われます。
満期保険金は、保険期間を満了したときに支払われる保険金です。途中で解約・失効等がなければ、満期時にまとまった金額を受け取れます。
解約返戻金や満期保険金を使えば、勇退退職金の原資を確保できます。1つの保険契約で、「死亡したとき」と「無事に退職したとき」の両方に備えることが可能です。

死亡退職金に活用しやすい法人保険の種類と選び方
死亡退職金の準備に法人保険を活用する場合、どの保険種類を選ぶかによって保障内容や保険料負担が大きく変わります。死亡保障の手厚さを重視するのか、解約返戻金とのバランスも考慮するのかで、適した商品の方向性が異なるためです。
ここでは、死亡退職金の原資確保に活用されることの多い代表的な生命保険の種類として「定期保険」と「終身保険」の特徴を整理し、それぞれの選び方の考え方を紹介します。
定期保険|一定期間の死亡保障を割安に確保しやすい
定期保険は、あらかじめ決められた保険期間内に被保険者が死亡した場合に死亡保険金が支払われる生命保険です。保障期間が限定されているため、同じ保険金額であれば終身保険と比べて保険料が割安に抑えられる傾向があります。
定期保険のなかにも、保険期間が長期にわたる「長期平準定期保険」や、保険金額が契約期間の経過に応じて増加する「逓増定期保険」など、複数のタイプが存在します。
死亡退職金の準備を主な目的とし、保険料負担を抑えながら必要な保障額を確保したい場合、定期保険が有力な選択肢になります。
終身保険|生涯の死亡保障と解約返戻金の蓄積を両立
終身保険は、保険期間が一生涯続く生命保険です。死亡退職金と勇退退職金の両方を1つの契約でカバーしたい場合に検討されることが多い保険種類です。
被保険者がいつ死亡しても死亡保険金が支払われるため、死亡退職金の原資を「時期を問わず」確保できる点が特徴です。加えて、一般的な終身保険では、契約期間の経過とともに解約返戻金が増えていきます。
ただし、終身保険は保障が一生涯続く分、定期保険と比べて保険料が高くなる傾向があります。毎期の保険料負担が法人のキャッシュフローに与える影響を考慮したうえで、保障額を設定しなければいけません。
法人保険で死亡退職金を支給するときの経理処理
法人保険を活用して死亡退職金を支給する場合、「法人が死亡保険金を受け取るとき」と「遺族へ死亡退職金を支給するとき」の2段階があります。この一連の流れのなかで、死亡保険金の受取時と死亡退職金の支給時にそれぞれ経理処理が必要です。
以下では、死亡保険金受取人を法人とする契約を例に説明します。
① 死亡保険金受取時の仕訳例
たとえば、死亡保険金5,000万円を受け取り、それまでに資産計上していた保険積立金が2,000万円あった場合、仕訳は以下のようになります。
| 借方 | 貸方 |
|---|---|
| 現金・預金 5,000万円 | 保険積立金 2,000万円 雑収入(益金) 3,000万円 |
保険積立金として資産計上していた2,000万円を取り崩し、差額の3,000万円を雑収入として益金に計上します。
② 死亡退職金支給時の仕訳例
遺族へ死亡退職金5,000万円を支給した場合の仕訳は以下のとおりです。
| 借方 | 貸方 |
|---|---|
| 退職金(損金) 5,000万円 | 現金・預金 5,000万円 |
死亡退職金として支給した金額は損金に算入されるため、受取時に計上した益金との相殺が期待できます。この仕組みにより、法人税への影響を抑えながら遺族への支給が可能になります。
ただし、上記はあくまで一般的な仕訳例です。契約している保険の種類や経理処理の方法、資産計上の割合によって仕訳内容は異なります。
法人保険で退職金を準備する際の注意点
法人保険は死亡退職金の原資確保に適した手段ですが、契約の設計や保険料の負担に関して、事前に把握しておくべきデメリットやリスクも存在します。
ここでは、死亡退職金に法人保険を活用するうえで、特に注意が必要なポイントを整理します。
契約者・被保険者・受取人の設計を誤ると税務リスクが生じる

法人保険で死亡退職金を準備する場合、一般的な契約形態は「契約者=法人」「被保険者=役員」「受取人=法人」です。この設計であれば、法人が受け取った死亡保険金を益金に計上し、遺族へ支払う死亡退職金を損金に算入する流れで処理できます。
一方、死亡保険金受取人を遺族にすると、保険金は法人を経由せず遺族へ直接支払われます。そのため、法人は死亡保険金を事業資金などに配分できなくなり、柔軟な資金活用が難しくなります。
また、特定の役員・従業員のみを被保険者とする契約で受取人を遺族にすると、保険料がその役員・従業員への給与として扱われることがあります。契約形態によっては、想定していた保険料の経理処理が変わるほか、本人や遺族に税負担が生じるかもしれません。
契約形態のわずかな違いが税務リスクに直結するため、税理士に確認しながら設計することが不可欠です。
保険料負担が資金繰りを悪化させることがある
法人保険の保険料は、会社から継続的に支出される費用です。死亡保障を手厚くするほど保険料も高くなる傾向があるため、事業規模や資金繰りに見合わない契約は、会社のキャッシュフローを圧迫する原因となります。
契約時には、必要な保障額だけでなく、業績が悪化した場合でも保険料を継続して支払えるかを確認することが重要です。途中で契約内容を見直す可能性も考慮し、解約返戻金の推移や変更可能な条件も把握しておく必要があります。
保険料の支払いが難しくなった場合には、次のような対応方法があります。
- 保障額を減額して、以後の保険料を抑える
- 不要な特約を解約し、保険料負担を軽減する
- 年払から月払へ変更し、1回あたりの支払額を抑える
- 払済保険へ変更し、以後の保険料支払いを停止する
- 契約者貸付を利用し、一時的な資金不足に対応する
- 契約を途中で解約し、解約返戻金を受け取る
いずれの方法でも、保険料負担を軽減する代わりに、保障額の減少や利息の発生といった影響があります。契約前に利用できる見直し方法を確認し、保険料の支払いが難しくなった場合の対応方針を決めておきましょう。
税理士に確認すべきチェックリスト
法人保険で死亡退職金を準備する際は、保険設計と税務処理の両面で確認すべき事項が多岐にわたります。自社だけで進めるのではなく、税理士に協力してもらうことも重要です。
法人保険による死亡退職金準備において、税理士に確認すべきチェックポイントは下記のとおりです。
契約前に確認する項目
法人保険の契約前は、契約内容と税務処理にずれが生じないよう、次の項目を確認しておきましょう。
- 死亡退職金の想定額と算定根拠
- 死亡保険金額が資金の使途に見合っているか
- 契約者・被保険者・受取人の設定
- 保険料の資産計上額と損金算入額
- 死亡保険金を受け取った際の経理処理
- 死亡退職金規程・弔慰金規程の整備状況
支給時に確認する項目
死亡退職金を支給するときは、金額の妥当性だけでなく、必要な手続きや申告も確認します。
- 死亡退職金の適正額
- 株主総会決議や議事録の要否
- 死亡保険金と死亡退職金の経理処理
- 弔慰金の税務上の取り扱い
- 遺族が利用できる相続税の非課税枠
- 支払調書の提出要否と期限
契約後も、役員報酬や事業規模、税制の変更に応じて定期的に見直すことが重要です。
まとめ
死亡退職金の準備で優先すべきなのは、経営者や役員が明日亡くなった場合、遺族と会社を守れる資金があるかどうかです。法人保険は、その予測できない時期に備えるための手段となります。
ただし、保障を大きくすれば安心が増すとは限りません。保険料の支払いが事業に悪影響をおよぼす場合は、契約内容の見直しが必要です。
法人保険で死亡退職金を準備するときは、弔慰金や事業継続資金など用途別の必要額を考え、無理なく継続できる範囲で備えることが大切です。
まずは、万一のことがあったときに「誰へ、何のために、いくら必要か」を整理しましょう。そのうえで、死亡退職金規程や税務処理を税理士に確認し、現在の資金だけで不足する部分を法人保険で補うと、必要以上の契約を避けながら実効性のある備えを整えられます。
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