
従業員の退職金制度を導入する際は、支給額や対象者だけでなく、将来の退職金原資をどのように準備するかも重要です。
一度制度を設けた場合、後から会社都合で廃止・減額するのは難しいため、制度設計とあわせて「無理なく積み立てる方法」を検討する必要があります。
準備方法には、預金などで積み立てるほか、各種共済や企業型DC、DB、法人向け生命保険などの選択肢があります。資金管理や損金の扱いなどが異なるため、自社の制度や経営状況に合う方法を選ぶことが大切です。
本記事では、各制度の仕組みやメリット・デメリット、導入時に確認したい資金拘束や運用負担、従業員への給付方法を解説します。
従業員の退職金制度は必須?積立を始める前に確認すること
退職金の積み立て方法を選ぶ前に、まずは退職金制度の前提を整理しましょう。
制度の法律上の位置づけ、就業規則等で定める内容、退職一時金と企業年金の違いについて解説します。
退職金制度の導入は法律上の義務ではない
従業員の退職金制度は、法的に義務づけられているものではなく、導入するかどうかは会社が判断できます。
一方で、厚生労働省の「令和5年就労条件総合調査」では、常用労働者30人以上の民営企業の74.9%が退職給付(一時金・年金)制度を設けています。中小企業でも、人材の確保や定着を考えて退職金制度を導入するケースは少なくありません。
ただし、いったん支給条件を就業規則や退職金規程などに定めると、その内容は従業員の労働条件の一部になります。会社側の判断だけで自由に廃止・減額できないため、長期的に継続できる給付水準や資金負担を考えて設計することが重要です。
【参照】
厚生労働省「令和5年就労条件総合調査 退職給付(一時金・年金)制度 」
https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/jikan/syurou/23/
退職金を設ける場合は支給条件を就業規則等に定める
退職金制度を導入する場合は、支給条件を明確にし、就業規則や退職金規程などに定めます。
主な項目は次のとおりです。
- 対象となる従業員の範囲
- 支給額の決定・計算方法
- 支払い方法
- 支払い時期
ここでいう「就業規則等」には、就業規則そのもののほか、退職金に関する内容をまとめた「退職金規程」などがあります。退職金規程を別に作成し、就業規則でその規程を適用する形にすることも可能です。
実務では、対象者や勤続年数、支給額の計算方法などを決めて規程に落とし込み、その内容に沿って必要な退職金額を試算します。ここまで整理すれば、「どうやって積み立てるか」も検討しやすくなります。
退職金の支給方法には「一時金」と「年金」がある
退職金の支給方法は、大きく「一時金」と「年金」に分けられます。
一時金は、退職時などにまとまった金額を従業員へ支払う仕組みです。一方、年金は一定期間または終身で分割して支払います。
令和5年就労条件総合調査では、退職給付制度がある企業のうち、退職一時金制度のみが69.0%、退職年金制度のみが9.6%、両制度の併用が21.4%です。

支給方法によって、適した積立・準備方法も変わります。ただし、一時金と年金のどちらを採用するかだけでなく、給付の要件や時期、会社の掛金負担、資金拘束などもあわせて比較することがポイントです。
従業員退職金の主な積立・準備方法を比較

従業員の退職金を準備する主な方法には、次のような方法があります。
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| 方法 | 仕組み | 資金の管理先 | 主な給付方法 | 主な注意点 |
|---|---|---|---|---|
| 自社で準備 | 会社が預金等で退職金原資を積み立てる | 自社 | 退職金規程による | 退職時に支出が集中する可能性がある |
| 中退共 | 事業主が従業員ごとに掛金を納付する | 外部 | 一時金(一定の要件で分割受取も可) | 短期退職では給付額が掛金総額を下回る場合がある |
| 特退共 | 事業主が掛金を拠出する共済制度 | 外部 | 実施団体の制度による | 加入条件や給付内容が実施団体によって異なる |
| 企業型DC | 事業主が掛金を拠出し、従業員が運用する | 外部 | 年金(規約により一時金も可) | 給付額が運用結果によって変動する |
| DB | あらかじめ給付額の算定方法を定めて積み立てる | 外部 | 年金(規約により一時金も可) | 積立不足時に会社の追加負担が生じる場合がある |
| 法人保険 | 会社が生命保険を活用して退職金原資を準備する | 外部 | 退職金規程による | 解約時期によって受取額が変動する場合がある |
それぞれ資金の管理先や掛金の扱い、従業員への給付方法が異なります。
特徴を踏まえて、自社に適した方法を選ぶことが大切です。
自社で預金などにより退職金原資を準備する
会社が預金などで退職金原資を積み立てる方法です。積立額や保有方法を自社で決められるため自由度が高く、必要に応じて事業資金として活用できる点もメリットです。
一方、積み立てた資金は会社の資産として管理されるため、計画的に積み立てないと十分な資金を確保できていない可能性があります。退職者が重なった場合などに不足しないよう、余裕を持って積み立てておくことが重要です。
また、預金などへ資金を積み立てただけでは、その金額を経費・損金として計上できるわけではありません。外部制度を利用する場合とは税務上の扱いが異なるため、資金の確保方法とあわせて確認しておきましょう。
中小企業退職金共済(中退共)を利用する
中退共は、中小企業退職金共済法に基づく退職金制度です。会社が従業員ごとに掛金を納付し、退職時には中退共から従業員本人へ直接退職金が支払われます。
加入できる企業の規模は業種ごとに定められており、従業員は原則として全員加入が基本です。ただし、試用期間中の人や期間を定めて雇用される人などは、加入対象から除外できる場合があります。
掛金月額は、通常5,000円~30,000円の16種類から従業員ごとに選択できます。短時間労働者については、2,000円・3,000円・4,000円の特例掛金も選択可能です。
掛金は全額事業主負担となり、法人が支払った掛金は損金に算入できます。また、退職金の資金を会社の事業資金と分けて外部に積み立てられる点もメリットです。
一方、納付した掛金を会社へ戻すことはできません。また、掛金納付月数が11か月以下では退職金が支給されず、12~23か月では掛金総額を下回りまわる点にも注意が必要です。
特定退職金共済(特退共)を利用する
特退共は、商工会議所や商工会などの団体が実施する退職金共済制度です。会社が従業員ごとに掛金を納付し、退職時には実施団体の制度に基づいて退職金が支給されます。
中退共と似た仕組みですが、加入条件や掛金、給付内容は実施団体によって異なります。中退共との併用も可能です。
また、従業員が離転職する際、両制度の間で退職金引渡契約が締結されているなど所定の要件を満たせば、退職金相当額を通算できます。
ただし、実施団体によっては「団体の会員であること」や「特定の地区に事業所があること」などの加入要件があります。導入時は、自社が加入対象となるかを確認しておきましょう。
企業型確定拠出年金(企業型DC)を導入する
企業型DCは、企業が拠出した掛金を従業員自身が運用する企業年金制度です。掛金は加入者ごとの年金資産として管理され、将来の給付額は掛金と運用結果によって変わります。
転職や退職をした場合も、所定の手続きを行うことで、転職先の企業型DCやiDeCoなどへ年金資産を移換できる点が特徴です。勤務先が変わっても、それまで積み立てた年金資産を引き継いで運用を続けられます。
企業型DCで積み立てた年金資産は、原則として60歳以降、「老齢給付金」として年金形式で支給されます。ただし、事業主が労使合意のもとで定める規約に定めれば、一時金として支給することも可能です。
また、掛金は企業が拠出するのが基本ですが、規約に定めれば従業員が自ら掛金を上乗せする「マッチング拠出」も利用できます。導入時は、事業主掛金の水準やマッチング拠出の有無などを含めて制度設計が必要です。
確定給付企業年金(DB)を導入する
DBは、将来の給付額の算定方法をあらかじめ定め、その給付に必要な掛金を企業が拠出する企業年金制度です。給付水準や予定利率などをもとに必要な掛金を計算し、将来の支給に備えて年金資産を積み立てます。
企業型DCでは運用結果によって従業員ごとの給付額が変わりますが、DBではあらかじめ定めた給付内容をもとに年金資産を管理・運用します。従業員にとっては、給付額の算定方法が決まっているため、将来受け取る金額を見通しやすい点がメリットです。
一方、運用状況などによって積立不足が生じると、会社に追加の掛金負担が生じる場合があります。
なお、DBには事業主が実施主体となる「規約型」と、企業年金基金が実施主体となる「基金型」があります。どちらも定期的な財政再計算や積立状況の確認が必要なため、将来の追加負担や運営体制まで含めて検討しましょう。
法人保険で退職金原資を準備する
法人向けの生命保険を活用し、従業員の退職金原資を準備する方法もあります。会社が契約者となり、解約返戻金(解約したときに払い戻されるお金)などを将来の退職金に充てる仕組みです。
退職金原資の準備とあわせて、在職中の死亡保障を確保できる点が特徴です。中退共や企業型DCなどにも死亡時の給付はありますが、法人保険の場合、契約から間もない時期でも所定の死亡保障を確保できます。
ただし、法人保険そのものが退職金制度になるわけではなく、従業員への支給額や条件などは別途定める必要があります。また、税務上の取扱いも契約内容によって異なり、支払った保険料がすべて当年の損金になるとは限りません。
加えて、解約返戻率(支払保険料に対する解約返戻金の割合)にも注意が必要です。退職金が必要になる時期と解約返戻率の推移を踏まえ、必要な資金を確保できるように保険契約を設計しましょう。
自社に合う退職金の積立・準備方法の選び方
退職金の準備方法にはそれぞれメリット・デメリットがあり、どれか1つがすべての企業に適しているわけではありません。掛金を損金に算入できるかといった税務上の扱いだけで決めると、資金繰りや従業員への支給方法が想定と合わなくなることがあります。
選ぶ際に見るべきポイントは次のとおりです。
- 従業員への給付方法
- 資金拘束とキャッシュフロー
- 会社側の事務負担
- 必要な積立額
自社の経営状況や退職金制度に照らして比較しましょう。
従業員への給付方法を決める
まず、一時金を中心にするのか、年金制度を導入するのか、両方を組み合わせるのかを決めます。
たとえば、退職時にまとまった金額を支給して給付を完結させるなら一時金、退職後も継続して給付する仕組みにするなら年金制度が候補になります。
また、すべてを一方に寄せる必要はありません。退職時に一定額を一時金で支給し、残りを年金として受け取れるようにするなど、両方を組み合わせる設計も可能です。
なお、給付方法ごとに資金の準備方法を分けると、おおむね次のとおりです。
【一時金を中心にする場合】
自社での資金準備、中退共、特退共、法人保険
【年金を中心にする場合】
企業型確定拠出年金(企業型DC)、確定給付企業年金(DB)
※規程・設計によっては、一時金・年金の両方に対応できる制度もあります。
※企業型DCやDBは、退職した時点ですぐに給付が始まるとは限りません。支給開始時期は、企業型DCでは法令上の受給要件、DBでは各社が定める規約上の条件などによって決まります。
複数の準備方法を併用することも含めて、自社が想定する給付方法に合った制度を検討しましょう。
資金拘束と会社のキャッシュフローを確認する

退職金の準備方法を選ぶ際は、積み立てた資金を途中でどこまで動かせるかを確認しましょう。
たとえば、中退共や企業型DC、DBなどは、いったん拠出した資金を会社の運転資金として自由に使うことはできません。
一方、自社で預金などにより準備する方法は、必要に応じて事業資金へ回せます。法人保険も、解約によって解約返戻金を受け取れるほか、契約者貸付を利用して資金を借り入れられる場合がありますが、解約時期や契約条件による制約があります。
資金がどこまで拘束されるか、途中で動かす手段があるかまで含め、会社のキャッシュフローに合う方法を選びましょう。
会社側の事務・運用負担を比較する

退職金の準備方法によって、会社側に必要な手続きや継続的な管理は異なります。導入時だけでなく、運用開始後にどのような対応が必要になるかも比較しましょう。
| 方法 | 主な事務・運用負担 |
|---|---|
| 自社で準備 | 必要な退職金額や積立状況の管理、退職時の支給手続き |
| 中退共 | 加入・変更手続き、毎月の掛金納付、退職時の手続き |
| 特退共 | 加入・変更手続き、掛金納付、退職時の手続き |
| 企業型DC | 規約や加入者情報の管理、掛金拠出、加入者への投資教育、離退職時の手続き |
| DB | 規約管理、掛金拠出、財政再計算や積立状況の確認など |
| 法人保険 | 保険契約の管理、保険料の支払い、解約時期や解約返戻金の確認 |
特に企業型DCやDBは、掛金を拠出するだけでなく、制度を継続して運営するための対応が必要です。一方、中退共や特退共は外部の共済制度を利用するため、会社側で年金資産を運用する必要はありません。
担当者の人数や社内で対応できる業務範囲、外部へ委託できる業務も含め、長期間運営できる方法を選びましょう。
目標とする退職金額から必要な積立額を試算する
必要な積立額を考えるには、まず勤続年数や役職などを踏まえて、どの程度の退職金を支給するのかを決める必要があります。そのうえで、想定する支給額と支給時期から、毎年・毎月どの程度の資金を準備する必要があるかを試算します。
たとえば、勤続20年の従業員に200万円を支給する設計であれば、運用益を考慮しない単純計算では年間10万円、月あたり約8,300円です。対象となる従業員が10人なら、年間で約100万円を準備する計算になります。
「従業員にいくら退職金を支給するか」は、公的な退職金調査や同業・同規模企業の水準を参考にしつつ、自社の賃金水準や勤続年数、人員構成などを踏まえて検討します。相場に合わせるだけでなく、長期的に支給を続けられる水準かどうかも重要です。
自社での判断が難しい場合は、専門家への相談も検討しましょう。退職金制度や退職金規程の設計は社会保険労務士、税務上の取扱いは税理士などに相談できます。
よくある質問
退職金の積み立てや制度導入を検討する際によくある疑問をまとめます。
退職金の積立は会社負担ですか?給与から天引きできますか?
会社負担か従業員負担かは、利用する制度によって異なります。
| 方法・制度 | 従業員負担 | 取扱 |
|---|---|---|
| 自社で準備 | 不可 | 従業員に退職金の積立金を負担させることはできない |
| 中退共 | 不可 | 掛金は全額事業主負担 |
| 特退共 | 不可 | 掛金は全額事業主負担 |
| 企業型DC | 部分的に可能 | マッチング拠出を設ければ、従業員が事業主掛金に上乗せして拠出できる |
| DB | 部分的に可能 | 規約に定め、本人の同意を得るなどの要件を満たせば、従業員に掛金の一部を負担させられる |
| 法人保険 | 不可 | 退職金準備のための保険料を従業員に負担させることはできない |
企業型DCやDBは部分的に従業員負担を設けることも可能ですが、それらも「会社が任意に給与から天引き」できるわけではありません。従業員負担を設ける場合は、それぞれの制度で定められた要件に沿って運用します。
退職金を積み立てないとどうなりますか?
退職金制度を導入していない企業であれば、退職金原資の積立自体が不要です。
退職金制度を導入している場合も、退職金原資の積立方法をあらかじめ設計する義務はありません。極端にいえば、退職者が出た都度、その時点の預金や運転資金などから支払うことも可能です。
ただし、就業規則や退職金規程などで支給を定めている場合、「いまは資金がないから」と支給を取りやめたり、減額したりすることはできません。積み立てをしていなければ、会社の資金繰りに影響する可能性があるため、一般的には退職金制度の導入とあわせて積立方法を設計します。
退職金はいつ従業員に支払いますか?
支払時期は、利用する制度や方法によって異なります。
- 自社で準備:退職金規程等で定めた時期に、会社が従業員へ支給
- 法人保険:退職金規程等で定めた時期に、会社が従業員へ支給
- 中退共:退職後、従業員本人が請求し、中退共から本人へ直接支給
- 特退共:退職後、実施団体の定める手続きにより本人へ支給
- 企業型DC:原則60歳以降、本人からの請求に基づいて資産管理機関が支給
- DB:規約で定めた支給開始年齢や要件を満たした後、規約型では資産管理運用機関、基金型では企業年金基金から支給
特に企業型DCやDBは、退職した時点ですぐに支給されるとは限りません。制度を導入する際は、退職時に支給するのか、一定年齢から支給するのかまで確認し、従業員に説明できるようにしておきましょう。
共済・企業型DC・DBなどの併用は可能ですか?
併用できる組み合わせがあります。たとえば、中退共は、社内で準備する退職金制度のほか、特退共、企業型DC、DBなどと併用できます。
複数の方法を組み合わせれば、中退共で一定額を準備し、不足分を自社資金や法人保険で補うといった設計も可能です。企業型DCとDBを組み合わせて導入するケースもあります。
ただし、併用できるかどうかと、制度間で積み立てた資産を移換できるかどうかは別の問題です。併用する際は、対象となる従業員や掛金、給付内容を整理し、それぞれの制度要件に沿って設計しましょう。
従業員1人あたり毎月いくら積み立てればよいですか?
すべての企業に共通する適正額はありません。目標とする退職金額や勤続期間、利用する制度などを踏まえて決めます。
たとえば、中退共には選択できる掛金月額が定められていますが、その金額が退職金積立の相場を示しているわけではありません。自社で予定する支給水準から、必要な掛金や準備額を考えることが重要です。
支給水準の設定が難しい場合は、公的な退職金調査や同業・同規模企業の水準も参考になります。制度設計まで含めて判断が難しければ、社会保険労務士などへの相談も検討しましょう。
まとめ
退職金の準備方法は、税務上のメリットだけでなく、将来どのように従業員へ給付したいか、会社が無理なく続けられるかという視点で選ぶことが大切です。
制度ごとに特徴が異なるため、「どれが一番得か」ではなく、自社の経営状況や人材方針に合っているかを基準にすると判断しやすくなります。
まずは、対象者と支給水準を整理し、将来いくら必要になるかを試算してみましょう。そのうえで、中退共や企業年金、法人保険などの選択肢を比較すると、自社に合う方法が見えやすくなります。
長期的に運用できる退職金制度にするためにも、必要な資金額と会社の資金繰りを踏まえ、無理なく継続できる準備方法を選びましょう。
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