役員が退任して退職金を支払うとき、会計ソフトの入力画面で手が止まる方は少なくありません。従業員の退職金と同じ科目でよいのか、専用の科目を作るべきなのか、判断に迷う場面です。

結論から言うと、役員退職金の勘定科目は「役員退職金」または「役員退職慰労金」という費用科目を使うのが一般的です。どちらを選んでも会計処理の中身が変わるわけではなく、社内で統一して使い続けることのほうが実務では重要になります。

ただし、実際の仕訳は支給のしかたによって、借方・貸方の組み合わせが異なります。「源泉所得税を控除して振り込む」「金額だけ決まって支払いが後日になる」など、個々の状況に合わせることが大切です。

この記事では、役員退職金の仕訳ではどのような勘定科目を使うのか、ケース別の使い分けを解説します。

役員退職金の勘定科目は「役員退職金」か「役員退職慰労金」が一般的

役員に支給する退職金は、「役員退職金」または「役員退職慰労金」という勘定科目で処理するのが一般的です。これらは実務上の慣行として定着しており、実質的に同じものを指します。

役員退職金の勘定科目については、そもそも法的な決まりがないため、どちらを選んでも会計上・税務上の取り扱いは変わりません。

自社に役員退職金の経理処理を行った実績があるなら、そのときに使った勘定科目を使い続けましょう。継続使用する義務もありませんが、翌期以降も統一しておくことで、将来的に比較や引継ぎがしやすくなります。

「役員退職金」と「役員退職慰労金」どちらを使うかは任意に選べる

「役員退職金」と「役員退職慰労金」どちらを使うかは任意に選べる

初めて役員退職金の経理処理を行う会社の場合、「役員退職金」と「役員退職慰労金」のどちらを選ぶかは任意で決められます。

どのような基準で選んでも大丈夫ですが、「ある程度の目安や根拠が欲しい」という場合は、下記を参考にしてみましょう。

  • 社内の書類に合わせる:株主総会議事録や退職金規程(役員退職慰労金規程)で使用している文言に合わせる。
  • 会計ソフトに合わせる:会計ソフトに標準で用意されている科目名に合わせる。
  • 顧問税理士に合わせる:自社の顧問税理士が普段使っている科目名に合わせる。

どちらを選んでも、科目名の違いによって仕訳の内容や金額が変わるわけではないため、「正しいのはどちらか」を突き詰める必要はありません。

決定したら、「なぜこの科目名にしたか」を経理マニュアルや引継ぎメモに一言残しておくと、担当者が替わっても表記がぶれにくくなります。

従業員の退職金と分けておくとわかりやすい

実務上のポイントとして、従業員に支払う退職金と科目を分けておくことが挙げられます。

従業員分と役員分で別の科目に分けておくと、事業年度中に役員へいくら支払ったか、残高照会だけで把握可能です。

会計ソフトの標準科目に従業員・役員の区分がない場合は、補助科目で分ける方法があります。総勘定元帳では一本にまとまりますが、補助科目別の残高を見れば役員分だけを抜き出せます。

勘定科目の早見表と仕訳例

ここからは、実際の仕訳例を状況別に解説します。

前提条件は次のとおりです。

  • 退職金支給額:3,000万円
  • 控除額(源泉所得税・住民税など):600万円
  • 振込額:2,400万円

下記は、各シミュレーションの状況と借方・貸方の早見表です。

状況借方貸方
1. 源泉所得税・住民税を控除して支給する役員退職金 3,000万円普通預金 2,400万円
預り金 600万円
2. 金額が確定し、後日支給する役員退職金 3,000万円未払役員退職金 3,000万円
3. 未払計上した退職金を支給する未払役員退職金 3,000万円普通預金 2,400万円
預り金 600万円
4-①. 引当金の範囲内で支給する役員退職慰労引当金 3,000万円普通預金 2,400万円
預り金 600万円
4-②. 引当金が支給額に足りない役員退職慰労引当金 2,500万円
役員退職金 500万円
普通預金 2,400万円
預り金 600万円

1. 源泉所得税・住民税を控除して支給する場合

株主総会で支給額が決まり、そのまま役員の口座へ振り込むケースの仕訳です。

借方貸方
役員退職金 3,000万円普通預金 2,400万円
預り金 600万円

借方の役員退職金には、控除前の支給決定額3,000万円をそのまま計上します。振込額が2,400万円にとどまるのは、退職所得にかかる所得税・住民税等を会社がいったん差し引き、本人に代わって納めるためです。

差し引いた600万円は会社の収益でも費用でもなく、税務署や市区町村へ納めるまで会社が預かっているお金にすぎないため、負債である預り金で受けておきます。

なお、預り金は一つの科目にまとめても処理できますが、所得税等と住民税では納付先や納付手続きが異なります。そのため、個別に突き合わせやすいよう補助科目で「預り金(源泉所得税)」と「預り金(住民税)」に分けておく方法もあります。

2. 金額が確定し、後日支給する場合

株主総会など正当な権限のある機関で支給額が具体的に確定したものの、実際の振込が決算日をまたぐ、あるいは分割払いになるといったケースです。

金額が確定した時点で、次のように費用と負債を計上します。

借方貸方
役員退職金 3,000万円未払役員退職金 3,000万円

貸方には「未払役員退職金」という科目を使う例を挙げましたが、独立した科目を作らず「未払金」の補助科目として管理する方法もあります。

いずれの場合も、ほかの未払金(仕入代金や経費などの未払)と区別しておくことがポイントです。ほかの未払金とまとめて管理すると、決算時に残高の内訳を確認する手間がかかります。

独立した科目や補助科目で分けておけば、翌期に支払ったときの消し込みや内訳の確認もしやすくなります。

3. 未払計上した退職金を実際に支給する場合

前項で未払計上していた3,000万円を、後日振り込んだときの仕訳です。

借方貸方
未払役員退職金 3,000万円普通預金 2,400万円
預り金 600万円

借方には未払役員退職金を置き、残っていた負債を減らします。

一方で、貸方では預り金を計上します。源泉徴収の義務は退職金を実際に支払ったときに生じるため、未払計上の段階では税金を預かっていないという整理です。

4. 役員退職慰労引当金を計上している場合

役員退職慰労引当金とは、将来の退職金に備え、毎期分の費用をあらかじめ計上しておく負債です。支給規程があり金額を合理的に見積もれるなど、引当金の計上要件を満たす場合に計上します。

税務上の損金(経費)にならないことから、一般的な中小企業ではあえて計上せず、退任時にまとめて費用処理するケースも少なくありません。ただし、財務諸表の正確性や透明性を重視する企業(上場準備企業など)では原則通り計上します。

引当金を設定している会社では、支給時の仕訳が引当金の残高と支給額の大小によって分かれます。

4-① 引当金の範囲内で役員退職金を支給するとき

支給額3,000万円に対し、引当金を3,000万円以上積んでいる場合の仕訳です。

借方貸方
役員退職慰労引当金 3,000万円普通預金 2,400万円
預り金 600万円

積み立ててきた引当金を取り崩して支払いに充てるため、借方に新たな費用科目は計上しません。

役員退職慰労引当金は、支給前までに費用として計上されています。そのため、支給時に追加で費用計上するのは、引当金を超える部分に限られます。

4-② 引当金が支給額に足りないとき

積立額が2,500万円にとどまり、支給額3,000万円との差額500万円が不足しているケースです。

借方貸方
役員退職慰労引当金 2,500万円
役員退職金 500万円
普通預金 2,400万円
預り金 600万円

引当金は積んだ2,500万円までしか取り崩せないため、賄いきれない500万円は、支給した期の費用として役員退職金に計上します。

引当金の不足は、役員報酬の改定や在任期間の延長などにより、実際の支給額が当初の見込額を上回ることで生じます。こうした差が見込まれる場合は、支給見込額を見直し、その内容を引当額に反映することが大切です。

「仕訳時の勘定科目」と「損益計算書上の表示区分」は別に考える

「仕訳時の勘定科目」と「損益計算書上の表示区分」は別に考える

ここまで見てきた「役員退職金」「役員退職慰労金」という科目名は、仕訳を切るときに使う名前です。一方で、その費用を損益計算書のどこに並べるかは別の判断になります。

同じ「役員退職金」という科目で仕訳を切っていても、損益計算書では販売費及び一般管理費に表示する場合と、特別損失に表示する場合があります。

会計ソフトでは、勘定科目ごとに損益計算書上の表示区分を設定するのが一般的です。そのため、「役員退職金」という科目名を選ぶだけでなく、どの区分に表示するかも別に確認する必要があります。

販売費及び一般管理費として表示する場合

役員退職金を通常の事業活動に伴う役員人件費として扱う場合は、販売費及び一般管理費として表示します。

販売費及び一般管理費に計上した金額は、営業利益を計算する段階で差し引かれます。たとえば3,000万円の役員退職金を計上した場合、その分だけ営業利益や経常利益にも影響します。

特別損失として表示する場合

創業者や長年務めた代表取締役の退任に伴う支給など、臨時的・非経常的な性質が強い役員退職金は、特別損失として表示する場合があります。

特別損失として表示すると、役員退職金は営業利益や経常利益の計算には含まれず、その後の税引前当期純利益を計算する段階で差し引かれます。

ただし、支給額が大きいことや、発生頻度が低いことだけで特別損失になるわけではありません。その支給の性格や臨時性・非経常性、重要性などを踏まえて表示区分を判断します。

「特別損失にすれば節税になる」は誤り

役員退職金を販売費及び一般管理費として表示する場合と、特別損失として表示する場合とでは、損益計算書上の利益の見え方が変わります。ただし、表示区分が違うだけで費用の総額が変わるわけではありません。

販売費及び一般管理費に計上すると営業利益や経常利益に反映されますが、特別損失として計上した場合は、営業利益・経常利益には反映されず、その後の税引前当期純利益を計算する段階で差し引かれます。

同じ金額を同じ事業年度に費用計上するのであれば、税引前当期純利益への影響額は同じです。そのため、表示区分を変えるだけで税負担が軽くなるわけではありません。

役員退職金を法人税上の損金にできるかどうかは、損益計算書上の表示区分ではなく、税務上の要件に基づいて判断します。

仕訳するときの税務上の注意点

役員退職金を仕訳するときは、勘定科目や借方・貸方だけでなく、消費税上の取扱いや法人税上の損金算入時期にも注意が必要です。

処理を誤ると税額に影響する可能性があるため、それぞれの考え方を確認しておきましょう。

役員退職金は消費税の課税仕入れにならない

役員退職金は、消費税の課税仕入れには当たりません。退職金は給与等に含まれるため、仕入税額控除の対象外として扱います。

誤って10%の課税仕入れとして処理すると、仕入税額控除を過大に計算し、消費税の申告額に影響するおそれがあります。役員退職金を処理する際は、課税仕入れとして扱わないことが重要です。

会計上の費用計上時期と税務上の損金算入時期は異なる場合がある

会計と税務は別の基準で判断されるため、帳簿で役員退職金を費用に計上した事業年度と、法人税の計算上その金額を損金として扱える事業年度は、必ずしも一致しません。

特に注意したいのは未払計上です。税務上は、原則として株主総会の決議などにより退職金の支給額が具体的に決まった事業年度に損金算入します。

ただし、実際に支払った事業年度にその支払額を損金経理した場合は、支払った事業年度での損金算入も認められます。会計上の費用計上時期と税務上の損金算入時期が異なる場合は、法人税申告書で加算・減算の調整が必要になることがあります。

そのため、仕訳を入力するときは、支給額の確定日や実際の支給日を摘要欄などに残しておくと、決算で判断材料に使えます。

まとめ

仕訳で迷ったときは、まず支給額が確定しているか、未払金や引当金をすでに計上しているかを確認すると、必要な処理を整理しやすくなります。役員退職金は金額が大きくなりやすいため、支給直前ではなく、退任の見通しが立った段階で帳簿上の残高や支給予定額を確認しておくと安心です。

仕訳を終えたあとは、損益計算書上の表示区分や税務上の取扱いも確認しておきましょう。会計処理と税務上の判断を順番に整理しておけば、決算や申告の段階で慌てにくくなります。

実際に処理する際は、まず支給額が確定しているか、すでに引当金や未払金を計上していないかを確認するとスムーズです。仕訳を終えたあとに表示区分と税務上の取扱いまで確認しておけば、決算や申告の段階で慌てずに済みます。

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