2019年2月、国税庁が法人保険の保険料取り扱いを見直すという税制改正の告知したことで、保険業界は一時騒然となりました。
いわゆる「バレンタインショック」と呼ばれるこの税制改正の内容は、法人向けの定期保険、ならびに第三分野の保険(医療保険・がん保険)の保険料の取り扱いを変更されるというものです。
この国税庁による税制改正通達は、保険会社だけでなく、法人経営者の方にも大いに関係します。法人保険の保険料取り扱いが変わるということは、経営者の多くが行っていた「保険料を損金計上して節税する」という手法に影響を与えることを意味するためです。
この記事では、2019年の国税庁による税制改正通達で変更となった法人保険の保険料取扱いの新ルールをわかりやすく解説。また、経営者の方が気になる「税制改正通達後の法人保険による節税」に関連した内容も説明していきます。
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国税庁が法人保険の税制改正に踏み切った背景とは
2019年2月、国税庁が法人保険を扱う生保会社に対し、法人保険の保険料取り扱いに関して見直し(税制改正)を検討していることを通達。この「2019年のバレンタインショック」により、生保業界には激震が走りました。
見直しの内容は、法人保険の保険料取り扱い(損金計上などの経理処理)について新たなルールを設ける、というもの。
国税庁からこの税制改正通達が公布された背景には、本来の法人保険の趣旨から外れた「法人保険による節税」が行き過ぎたというところがあります。
法人保険を活用した節税は多くの経営者から人気を集めるため、生命保険各社も以前から節税に特化した法人保険を多く販売してきました。
それに対し、国税庁は問題があると判断した法人保険に対しては個別に通達を出すことで規制を敷いてきましたが、規制をかいくぐる新たな保険商品が開発されてしまうためキリがありません。
そういった状況をふまえ、ついに2019年、国税庁は法人保険業界全体に対し「税制改正」というかたちで保険料の取り扱いを定める単一的なルールを設けることにしたのです。
通達による保険料取り扱い変更点の概要
国税庁による税制改正は、2019年4月に公募されたパブリックコメントを経て、確定された新ルールが2019年6月末に発表されました。(法人税基本通達9-3-5)
ここでは、国税庁の税制改正によって変更になった法人保険の保険料取り扱い(経理処理方法)について詳しく見ていきましょう。
国税庁の税制改正通達は、定期生命保険と第三分野の保険が対象
国税庁による税制改正通達の対象となったのは、
- 法人向け定期生命保険
- 第三分野の法人保険(医療保険・がん保険等)
以上の2つの法人保険です。
特に法人向け定期生命保険は、国税庁の税制改正によって、保険料の取り扱い(損金計上・資産計上)について細かな区分を設けた新ルールが定められました。
最高解約返戻率に応じて保険料の損金・資産の計上割合が決められる
2019年の国税庁による税制改正通達を簡単に説明すると、下記のとおりです。
- 法人保険の最高解約返戻率(ピーク時の解約返戻率)に応じて、保険料の損金計上・資産計上の割合を分ける
- なお、資産計上しなければいけない期間は、法人保険に契約してから所定の期間のみ
- 資産計上の期間についても、法人保険の最高解約返戻率に応じてそれぞれ決められる
最高解約返戻率が高い法人保険ほど、資産に計上しなければいけない保険料の割合は高く、なおかつ資産計上期間も長く設定されます。
これにより、税制改正通達以前に人気だった「全損で解約返戻率も高い」といった、いわゆる節税保険と呼ばれる保険商品は売り止めに。
法人保険による節税の面から見ても、2019年の国税庁による税制改正通達は非常に大きな影響のあるものとなっています。
では、国税庁による税制改正通達で変更された法人保険のルールを具体的に見ていきましょう。
【法人向け定期生命保険】税制改正による変更点
まずは法人向けの定期生命保険から。定期生命保険は、逓増定期保険や長期平準定期保険が該当します。
これらの法人向け定期生命保険は、最高解約返戻率に応じて下記の表の通りの区分に分けられ、それぞれ決められた期間と割合で支払保険料の資産計上をする必要があります。
税制改正後の新ルール
最高解約返戻率 | 資産計上期間 | 資産計上額 | 取り崩し期間(※1) |
---|---|---|---|
50%以下 | 全額損金算入 | ||
50%超~70%以下※2 | 保険期間の当初40%の期間 | 支払保険料×40% (支払保険料×60%は損金計上) |
保険期間の75%相当経過後、保険期間終了日までの期間で均等に取り崩して損金計上 |
70%超~85%以下 | 保険期間の当初40%の期間 | 支払保険料×60% (支払保険料×40%は損金計上) |
保険期間の75%相当経過後、保険期間終了日までの期間で均等に取り崩して損金計上 |
85%超 |
①保険期間の開始日から最高解約返戻額を迎える期間の終了日まで ②1の期間経過後、年換算保険料に対する解約払戻金の増加割合が0.7を超える期間があれば、その期間の終わりまで |
保険期間開始日から10年経過日までは、保険料×最高解約返戻率×90%を資産計上 11年目以降は、支払保険料×最高解約返戻率×70%を資産計上 |
解約返戻金が最高金額になったあと、保険期間終了日までの期間で均等に取り崩し |
最高解約返戻率:50%以下 | |
---|---|
全額損金計上 | |
最高解約返戻率:50%超~70%以下※2 | |
資産計上 期間 |
保険期間の当初40%の期間 |
資産 計上額 |
支払保険料×40% (支払保険料×60%は損金計上) |
取り崩し 期間 |
保険期間の75%相当経過後、保険期間終了日までの期間で均等に取り崩して損金計上 |
最高解約返戻率:70%超~85%以下 | |
資産計上 期間 |
保険期間の当初40%の期間 |
資産 計上額 |
支払保険料×60% (支払保険料×40%は損金計上) |
取り崩し 期間 |
保険期間の75%相当経過後、保険期間終了日までの期間で均等に取り崩して損金計上 |
最高解約返戻率:85%超 | |
資産計上 期間 |
①保険期間の開始日から最高解約返戻額を迎える期間の終了日まで ②1の期間経過後において、年換算保険料に対する解約払戻金の増加割合が0.7を超える期間があれば、その期間の終わりまで |
資産 計上額 |
保険期間開始日から10年経過日までは、 11年目以降は、 |
取り崩し 期間 |
解約返戻金が最高金額になったあと、保険期間終了日までの期間で均等に取り崩し |
※1 取り崩し:残りの保険契約期間の年数に応じて、均等に分けること。
※2 解約返戻率が50%超~70%以下で、なおかつ被保険者1人当たりの年換算保険料合計額が30万円以下の場合は、保険料の全額を損金に算入することが可能。
最高解約返戻率が50%以下の定期保険
最高解約返戻率が50%以下の定期保険は、保険期間が満了するまでずっと保険料の全額を損金に計上することができます。
最高解約返戻率が50%超~70%以下の定期保険
最高解約返戻率が50%超~70%以下の定期保険では、保険期間の当初40%の期間を、支払保険料のうち40%を資産計上、残り60%を損金計上の処理を行います。
当初40%期間が過ぎれば、その後は保険料全額を損金計上。そして、最初に資産計上分は、保険期間の75%が過ぎたあとに取り崩します。
経理処置の例
【条件】
保険期間:30年
年間保険料:500万円の法人保険
資産計上期間 | 資産・損金 計上額 |
資産計上分を 取り崩す期間 |
---|---|---|
1年~12年目まで | 資産:200万円 損金:300万円 (13年目以降は全額損金) |
23年目から |
最高解約返戻率が70%超~85%以下の定期保険
最高解約返戻率が70%超~85%以下の定期保険では、保険期間の当初40%の期間を、支払保険料のうち60%を資産計上、残り40%を損金計上の処理を行います。
当初40%期間が過ぎれば、その後は保険料全額を損金計上。そして、最初に資産計上分は、保険期間の75%が過ぎたあとに取り崩します。
経理処置の例
【条件】
保険期間:30年
年間保険料:500万円の法人保険
資産計上期間 | 資産・損金 計上額 |
資産計上分を 取り崩す期間 |
---|---|---|
1年~12年目まで | 資産:300万円 損金:200万円 (13年目以降は全額損金) |
23年目から |
最高解約返戻率が85%超の定期保険
最高解約返戻率が85%を超える定期保険では、保険料の取り扱いが複雑になります。
まず、資産計上する期間は、保険期間開始から解約返戻金が最高額となる日まで。
資産計上する割合は、保険期間開始日から10年経過日までは、保険料×90%。11年目以降は、支払保険料×最高解約返戻率×70%を資産計上。いずれも、残りの割合が損金計上です。
資産計上した保険料は、最高解約返戻金となる日を迎えた後に取り崩します。
経理処置の例
【条件】
保険期間:30年
年間保険料:500万円の法人保険
最高解約返戻率:87%、15年目に最高解約返戻金額になる
資産計上期間 | 資産・損金 計上額 |
資産計上分を 取り崩す期間 |
---|---|---|
①1~10年目 | 資産:391.5万円 損金:108.5万円 |
23年目から |
②11年目~15年目 | 資産:304.5万円 損金:195.5万円 (15年目以降は全額損金) |
【第三分野保険(医療保険・がん保険)】税制改正による変更点
2019年の国税庁による税制改正通達では、第三分野の法人保険についても見直しのメスが入りました。
第三分野の法人保険では、税制改正通達で定められた経理処理のルールは
- 定期、もしくは終身タイプのの第三分野保険 保険料全期払いの場合
- 終身タイプの第三分野保険 保険料短期払いの場合(※)
の2つに分けられます。
※短期払い:
法人保険の保険料の支払期間を保険期間よりも短く設定し、保険料を短期間で払い込むこと。一年あたりの支払保険料額が大きくなるため損金計上できる額も大きくなり、税制改正前は第三分野の法人保険で節税する経営者が多く見られました。
定期/終身タイプの第三分野保険 保険料全期払い
こちらは、法人向け定期生命保険と同様の経理処理となります。
終身タイプの第三分野保険 保険料短期払い
1.被保険者一人あたりの年間支払保険料の合計が30万円以下
支払保険料の全額を損金として計上。
注意点として、一人で複数の医療保険やがん保険に加入していた場合、すべての支払保険料を合算する必要があります。
2.被保険者一人あたりの年間支払保険料の合計が30万円を超える場合
【保険料の払込期間中の経理処理】
下記の計算式で、損金計上する金額を求めます。
年間保険料 × 保険料払込期間 ÷ (116歳 – 被保険者の加入時年齢)
残りは、資産として計上。
【保険料の払込期間後の経理処理】
保険料払込期間中に損金計上していた金額と同じだけの金額を、被保険者が116歳になるまで引き続き損金として計上。
さらに、保険料払込期間中に資産として計上していた分を、116歳になるまで毎年取り崩して損金に計上します。
経理処理例
【条件】
終身型医療保険、保険料を5年間で払い込む。
年間支払保険料:80万円
保険料払込期間:5年
被保険者の加入時年齢:45歳
保険料払込期間中
【損金計上額】
800,000円 × 5年 ÷ (116歳 – 45歳)
= 56,338円
よって、損金計上できる金額は約5.6万円
【資産計上額】
800,000円 – 56,338円 = 743,662円
よって、資産計上する金額は約74.3万円
保険料払込期間終了後(被保険者50歳)
【損金計上額】
引き続き、毎年5.6万円を損金計上
【資産取り崩し額】
743,662円 × 5年 ÷ (116歳 – 50歳)
= 56,338円
よって、取り崩して損金に計上する金額は約5.6万円
国税庁の新ルールが適用されるのは通達後の契約から
国税庁による税制改正通達は、2019年6月末に発表されました。しかし、すぐさま税制改正の新ルールが適用されるわけではありません。
国税庁の通達によると、税制改正後の新ルールが適用されるのは、法人向けの生命保険に関しては「2019年7月8日以降に契約したもの」、そして第三分野の法人保険については「2019年10月8日以降に契約したもの」となります。
税制改正通達後のルールが適用されるのは…
- 法人向け生命保険:2019年7月8日以降の契約
- 第三分野の法人保険:2019年10月8日以降の契約
それ以前に契約した法人保険は、税制改正通達以前の経理処理をする
したがって、2019年7月8日以前に加入している法人保険商品については、税制改正通達以前の従来通りのルールで税務処理が可能です。
以上のことをふまえると、2019年の国税庁による税制改正通達の変更点は法人保険をこれから契約する場合、または法人保険の契約満期を迎えて更新する場合に、特によく覚えておく必要があると言えます。
法人保険を活用した節税は今後どうなる?
国税庁による税制改正通達で、経営者の方が最も気にしているのは法人保険による節税についてではないでしょうか。
最高解約返戻率に応じて支払い保険料を資産計上しなければいけなくなった現在、法人保険に以前までのような節税効果は見込めなくなったという意見が多く見られます。
しかし、実際のところは、法人保険による節税効果は税制改正後も期待できます。
確かに、保険期間の当初は保険料を資産計上しなければいけませんが、その期間を過ぎれば保険料の全額を損金に計上することができます。そのため、「法人保険を解約するまで」というスパンで考えた場合、実質的に損金計上できる合計保険料額は50%を超える(半損以上)ということもありえるのです。
税制改正後の法人保険による節税対策は長期的な目線が必要
国税庁による税制改正後、法人保険による節税対策は、契約してすぐに大きな節税効果をあげることが難しくなりました。しかし長期的な目線で考えれば、税制改正後もまだ効果を期待できます。
そのため、もし法人保険による節税をお考えの場合は、なるべく早めに対策をしておくことが重要です。
法人保険による節税に関してはこちらの関連記事で詳しく解説しているため、あわせてご覧ください。
国税庁による法人保険の税制改正変更点まとめ
今回は、2019年の国税庁による税制改正通達の内容について解説してきました。
国税庁の税制改正通達によって、特に法人向け定期保険の経理処理方法は非常に複雑化されています。
税制改正以前に契約した法人保険まで遡及されることはないものの、今後法人保険の見直しの際や新規加入時には、税制改正の新ルールが適用されることになるため注意が必要です。
また、法人保険を活用した節税対策も、税制改正以前よりもより長期的な目線で考えなければいけません。節税をご検討の経営者の方は、なるべく早めに保険商品や経理処理に関する情報を集め、適した法人保険を選ぶことが重要です。
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